2027年、睡眠データを資産として取引するプラットフォーム「SOMNUS Exchange(ソムヌス取引所)」が国内で正式稼働した。
利用者はスマートウォッチや脳波計から得られる睡眠データをアップロードし、質の高い睡眠を「Sコイン」として換金できる。1時間の“深い眠り”は平均して0.04Sコイン。現在の相場でおよそ30円前後に相当する。
睡眠の価値を測る社会
この仕組みの裏には、ヘルスケア産業と金融業界の奇妙な結託がある。
SOMNUSは睡眠データを製薬会社や保険企業に提供し、生活習慣病の予測モデルや広告精度の改善に利用している。つまり、人々の“無意識”が新たな市場資源となったのだ。
創業者の一人、テック投資家の黒瀬遼はこう語る。
「起きて働く時間はもう限界です。残されたのは“寝ている時間”だけ。眠りが資産になる時代は、人間の24時間を完全に経済化する試みなんです。」
“夜勤なき労働者”の誕生
登録者数は国内だけで約800万人。特に20〜30代のフリーランス層が多い。
「寝ているだけで収入が得られる」というキャッチコピーはSNSで瞬く間に拡散し、“夜勤なき労働者”という新しい言葉まで生まれた。
一方で、取引所の評価基準は厳密だ。心拍数・脳波の安定度・覚醒反応の少なさなどがスコア化され、「効率的に眠るスキル」が競争の対象になっている。
不眠は“怠惰”、昼寝は“副業”として扱われるようになった。
精神科医の警鐘:“休息の搾取”
精神科医の千原真紀子は、この潮流を“休息の搾取”と呼ぶ。「人が眠るのは効率のためではなく、再生のためです。睡眠を『生産的な行為』として測定する社会は、人間の限界線をまた一つ越えたことを意味します。」
だが、多くの人はその危うさを理解しながらも、取引所に依存している。物価高騰と長時間労働の中、眠ることでしか安定収入を得られない層が増えているのだ。
夜の取引所で売られる“夢”
SOMNUSでは最近、“夢データ”の売買も始まった。AIが脳波パターンを解析し、夢の内容を簡易映像として生成する。広告会社は「ポジティブな夢」を多く見る傾向のある人々のデータを買い取り、商品イメージ戦略に活用している。
眠ることは、もはや個人的行為ではない。
夢の中でさえ、誰かが収益を上げている。
眠りの終わり
経済社会学者・森田圭一は、冷静にこう言い切る。
「かつて資本は“労働力”を搾取した。いまは“休息”を搾取している。次に市場化されるのは、おそらく“沈黙”だろう。」
眠ることが奨励され、休息が競争になる。
人々は安らぎのためにデバイスを装着し、夢のためにデータを差し出す。
“おやすみなさい”が、いつの間にか労働開始の合図になった。
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