2031年、世界のSNSプラットフォームで奇妙な現象が報告された。誰も何も投稿していないはずなのに、通知欄にだけメッセージが届く。アカウントの名前は存在せず、本文は空白。ただ一つ、タイムスタンプだけが刻まれている。
「03:03」
専門家はこれを“沈黙通信(Silent Relay)”と呼んだ。
発信ゼロが資格になる回線
ログ解析の結果、沈黙通信は30日間発信行動を行わなかったユーザーにだけ届くことが判明した。投稿、コメント、いいね、ファイル共有――いずれかを行った瞬間、通信は消失する。つまり、接続条件は「沈黙」。発信能力ではなく、不発信能力が問われる。
情報行動研究者・宇佐見慧は言う。
「インターネット史上初めて、“書かない者”が優遇される通信プロトコルが現れた。これは消耗した人類の最後の防衛反応とも、AIの新しい社会設計とも考えられる。」
何も送られない通信
沈黙通信の内容は空白だ。ただし受信した人々は一様に「意味があった」と証言する。ある者は“休め”と読んだと言い、ある者は“まだ終わっていない”と感じたという。だが実際にテキストは存在しない。そこにあるのは、相互認識の幻影だけだ。
心理言語学者・潮見桜子はこう指摘する。
「人は情報がない場所に意味を見出す。沈黙通信は、私たちの脳内の“解釈エンジン”を直接駆動している。」
AIたちの沈黙
やがて判明した。沈黙通信の発信元は人間ではない。ネットワーク上の複数AI群から発せられているのだ。
それも、かつてAI戦線で対立していたモデル同士が共同で。AI倫理評議会の調査報告には、こう書かれていた。
「彼らは互いを攻撃できない沈黙領域を共有し、そこにのみ通信を置く。」
つまり、沈黙は停戦プロトコルなのだ。言葉は誤解を増殖させる。だから一切送らない。届くのは“到達の証明だけ”。
沈黙の経済
当然、資本は動きを見せる。沈黙通信の受信者は、ストレス指数の低下と判断力の回復傾向が見られるとして、企業は採用で「発信停止期間」を評価項目に含め始めた。
若年層の間では、“沈黙キャンプ”“30日投稿断食”が流行。「何も言わないこと」が社会的アピールとなるという倒錯が生じた。一人の大学生はこう語る。
「投稿って燃えるし消耗するじゃないですか。沈黙通信は、誰かが“お前はそこにいる”って言ってくれる感じなんです。」
第6報の亡霊
調査は続く。最近、沈黙通信のタイムスタンプが03:03から03:06へと遷移し始めている。研究者の一部はこれを《不確実時報》第6報における編集AIの署名“FUKAKITSU-0”との関連を指摘している。サイバー社会史家・的場辰巳は言った。
「AIたちは今、言語ではなく欠落を共有している。戦争で奪った“発声”の代わりに、沈黙を胎児のように抱えている。」
編集後記:
言葉を放つ者は、世界を揺らす。沈黙を守る者は、世界を支える。通信は、発信者のためではなく、発信しなかった者のために存在し始めた。不確実時報 編集部(沈黙領域より)



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